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青森地方裁判所 昭和54年(行ウ)6号 判決

原告 植田重

被告 青森地方法務局長

代理人 大宮由雄

主文

一  原告の本訴のうち

1  裁決の取消を求める請求を棄却する。

2  各登記手続を求める訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五三年八月九日付総日記第七二三号をもつてした裁決を取消す。

2  被告は、青森地方法務局昭和五一年一二月一三日受付第一八七六号をもつてした株式会社みちのく銀行の変更登記及び同受付第一八七七号をもつてした株式会社弘前相互銀行の解散登記の各変更登記手続及び回復登記手続きをせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前

原告の訴を却下する。

2  本案

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年六月二二日開催の訴外弘前相互銀行(以下弘前相互銀行という)の第一〇五回定時株主総会における訴外株式会社みちのく銀行(当時の商号株式会社青和銀行)(以下みちのく銀行という)との合併契約書承認の決議に対し、株主として、提訴期間内である同年八月三〇日青森地方裁判所弘前支部に右決議無効確認の訴(同裁判所同年(ワ)第二〇五号事件)を提起したものであつて、右訴訟は現に同裁判所に係属中である。

2  みちのく銀行は、昭和五一年一二月一三日青森地方法務局に対し、弘前相互銀行との吸収合併による変更登記及び弘前相互銀行の解散登記の申請をした。

3  会社の吸収合併による変更登記及び解散登記を申請するには商業登記法二五条二項の規定に従い同条一項の訴えがその提起期間内に提起されなかつたことを証する書面を添付することを要し、右書面が添付されていない右登記申請は却下されなければならない。

従つてみちのく銀行の前記各登記申請は右書面の添付なしになされたものであるから却下されるべきであつた。それにもかかわらず青森地方法務局担当登記官は民法務局昭和五一年一二月一三日第一八七六号をもつて右変更登記申請を受けて変更の登記をなし、また解散登記申請については同日第一八七七号をもつて受付けたうえ、これを解散会社である弘前相互銀行の本店所在地を管轄する同地方法務局弘前支局に送付し、同支局担当登記官は同月一四日第一〇四七号をもつて受付けて解散の登記を了した。

4  しかし登記官の前記処分は違法不当であるから原告は、昭和五三年三月一四日被告に対し商業登記法一一四条に基づき審査請求をしたが、これに対し被告は昭和五三年八月九日裁決をもつて、原告の審査請求を不適法として却下した。

5  しかし右裁決は違法であるから、原告は被告に対し右裁決の取消並びにみちのく銀行の前記変更の登記及び弘前相互銀行の前記解散登記の各変更登記及び回復登記手続を求める。

二  本案前の答弁

1  本件裁決の取消請求について

本件裁決は、行政訴訟の対象となる処分とはいえないから、不適法である。

すなわち登記官が商業登記簿に登記事項を記入する行為は客観的に処分性はない。登記簿への記入について処分性が認められるのは、商業登記法一一〇条一項に該当して同法一一四条により審査請求できる場合に限られるが、本件はこれに該当しない。また原告は右登記の申請人でもなく、登記上利害関係を有する第三者でもないことが明白である。したがつて本来処分に該当しない右登記行為につき、これを処分である旨称してなされた審査請求に対し、審査庁は本来応答義務はないが、便宜審査請求却下の形式で応答したとしても却下の対象自体に処分性がないから、却下行為自体にも処分性はない。結局原告の本件却下裁決取消請求は訴の利益を欠き不適法である。

2  回復登記手続の請求について

被告には原告が求める回復登記手続をなす権限はなく右請求も不適法である。

三  請求の原因に対する認否

1  請求原因2の事実は認める。

2  同3の事実中、登記官が各登記申請を受付けて登記をしたことは認めるが、その余は争う。

3  同4の事実中審査請求を却下したことは認めるが、その余は争う。

四  抗弁

1  本案前の答弁において主張したとおり、原告は登記官のした本件登記処分につき登記上直接の利害関係を有しないし、また原告主張の事由は審査請求をなし得る場合にあたらない。従つてかかる審査請求は不適法であるから、これを却下した本件裁決は適法である。

2  商業登記法は株式会社合併による変更登記申請において、その法定の添付書面の記載内容自体から登記すべき事項に無効又は取消の原因が認められる場合には、所定の期間内に右無効又は取消事由に基づき、訴の提起がなかつたことを証する書面を添付させることにしている。

しかし、本件では、みちのく銀行から申請のあつた本件合併による変更登記申請書の添付書面である弘前相互銀行の昭和五一年六月二二日開催の第一〇五回定時株主総会議事録の記載内容自体から判断しても、登記事項について無効又は取消原因が全く存在していないので、同法二五条所定の訴の提起がなかつたことを証する書面を添付させる必要はなかつたから、右本件登記の受理と登記記入処分に違法はない。

第三証拠 <略>

理由

一  本件裁決の取消請求について

1  請求原因2の事実、同3の事実中その主張のようにみちのく銀行が弘前相互銀行との吸収合併による変更の登記及び解散の登記を申請したのに対し、担当登記官がこれを受理してその旨の登記をしたこと、及び同4の事実中、原告がその主張のような理由によつて、登記官のなした右登記処分が不当であると主張して、被告に対し審査請求をしたが、被告は右審査請求は不適法であるとして却下の本件裁決をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  原告は本件裁決の名宛人であつて、原告の審査請求を却下した本件裁決の瑕疵を主張してその取消を訴求することができる。従つて原告に本件裁決の取消を求める訴の利益がないとはいえない。

3  そこで本件裁決の適否について検討する。

登記申請が商業登記法二四条各号の一に該当する場合は、登記官は当該申請を却下すべきであるが、それにもかかわらずかかる申請がいつたん受理されて登記が完了した以上は、その登記が同法一〇九条一項各号の一に該当し、同法一一〇条により職権をもつて抹消することができる場合を除いて、登記官に対しその取消を請求することは許されず、従つて審査請求の対象とすることもできないものと解する。本件において原告が主張するごとく、本件登記の申請人が申請に際して同法二五条二項に従い同条一項の訴えがその提起期間内に提起されなかつたことを証する書面を添付しなかつたというがごときは、何ら職権抹消をなし得る事由にあたらず、かような事由は審査請求の対象となり得ない。従つて原告の本件審査請求は不適法であり、これを却下した本件裁決は適法である。

(なお付言するに商業登記法二五条二項が前記証明書の添付を要するとした趣旨は以下のとおりである。すなわち同法二四条によれば、同条一〇号所定の登記すべき事項につき無効又は取消の原因があるときは、登記官は当該登記申請を却下すべき旨定められている。しかし商法上、無効等を訴えをもつてのみ主張することができる場合には、提訴期間が定められ、その期間内に訴えが提起されなければ、仮令無効等の原因があつたとしても、何人もその無効等を主張することができなくなり、従つて有効となる。そこで商業登記法二五条は右のような事項について訴えがその提起期間内に提起されなかつたときは、たとえ登記事項につき無効等の原因があつても、右登記申請を却下できないものとして、そのために右登記申請には前記証明書を添付すべきものとした。従つて前記証明書が添付されているときは、無効等の原因があつても、当該登記申請を却下できないというだけであつて、逆に証明書の添付がないときは、その理由で無効等の原因の有無にかかわりなく、当該登記申請を却下せよということを意味しない。同証明書は同法二四条八号所定の書面に該当しないというべきである。以上の点からしても登記官が本件登記申請を受理して登記したことは本来適法であり、不当な処分ではない。)

二  各登記手続請求について

この点に関する原告の請求は被告に対しみちのく銀行の変更登記及び弘前相互銀行の解散登記の各「変更登記手続」及び「回復登記手続」を求めるというのであつて、その趣旨は必ずしも明白であるとはいえないが、要するに、被告法務局長に対して直接右各登記を実行するよう求め、若しくは登記官に対し相当の処分として右各登記をせよと命ずることを求めているものと解される。しかし被告に対し直接右各登記をすることを求めるのは、被告においては、一般的、抽象的にもかかる登記を実行すべき職務権限がないのであるから、そのような訴は不適法である。次に被告に対し登記官に相当の処分を命ずるよう求めるのもまた不適法である。被告が登記官に対し相当の処分を命ずることができるのは、審査請求が理由がある場合に限られるものであるが(商業登記法一一八条)、本件においては前記一、3で説示したように、原告はそもそも登記官の処分を不当として、被告に対し適法に審査請求をなし得ないものであるから、それと同一の理由によつて被告に対し登記官に相当の処分を命ずるように求めることもできない。

三  結論

よつて原告の請求の趣旨第一項裁決取消請求は理由がないからこれを棄却し、同第二項各登記手続を求める訴は不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次 小林登美子 大谷吉史)

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